HOME     kazu_sanの
源氏物語
源氏物語メインへ戻る

源氏物語主要人物
名前  関係  
桐壺更衣 源氏の母  父は大納言、母は名門の出
父の遺言は「必ず娘を入内させ 我が家系の血を皇統に入れるように」であった。
やがて更衣として入り、時の天皇、桐壺帝から格別の寵愛を受ける。
第二皇子(光源氏)を産むが、源氏三歳の夏、二十三歳で亡くなった。
光源氏  主人公 桐壷帝の第二皇子 両親の悲劇的な愛を負って出生。
予言によると(これで物語がどう進むのかが解る)
帝王の相があるが、そうなれば国が乱れる。
実子が三人生まれる。
一人は天子(冷泉帝)に、一人は皇后(明石中宮)に、 もう一人は太政大臣(夕霧)になると。
 朱雀院  源氏の三歳上の兄  桐壺帝の第一皇子、母は弘徽殿大后 二十四歳で桐壺帝の譲位によって即位した。
父桐壺院からは、東宮(冷泉帝)への後援と、
源氏をその後見役として重用することを遺言される。宿命のライバル源氏に、愛妃朧月夜を寝取られてもなお許し、その上、最愛の娘、女三の宮の将来を託してしまう。

三の宮は不義の子、薫を残し二十三歳の若さで出家してしまう。
藤壺 源氏の義母 故先帝の第四皇女。
桐壺院に溺愛された亡き桐壷の更衣に瓜二つだったために入内。
やがて五歳年下の義理の息子源氏と密通し、後の冷泉帝が生まれる。このことで二人は生涯罪の意識にさいなまれる。
桐壺院の一周忌の法要のすぐあと、源氏との関係を立ち切るため出家してしまう。
その後源氏は東宮の後見人になり、冷泉帝として皇位に就かせることに成功する。
そして源氏は内大臣となり、藤壺は国母として准太上天皇にまで昇り詰める。 三十七歳で没。
二人は相思相愛という関係ではない。 源氏の一方的愛
源氏にとって藤壺は青春の全てであり、永遠の理想の女性だった。 その後の女性遍歴の殆どは、"藤壺"探しだった。
葵の上 源氏の正妻 左大臣と桐壺帝の妹である内親王、大宮の一人娘。
十六歳で四歳下、臣下の源氏と政略結婚させられる。
源氏二十二歳の年懐妊。
気晴らしに出かけた葵祭りで 源氏の愛人六条御息所一行と車の立所を争い
御息所の車を女房車の奥に押し込めると言う "車争い"の事件を起こした。
そのことで御息所の怨みを買いその後、彼女の生霊にとりつかれ 難産の末、子供(夕霧)を産むと急死する。 享年二十六歳だった。
誇り高く素直に自分の感情を表現できずに自我を守り通した。
六条御息所 源氏の愛人
(才色兼備、執念の人)
大臣の娘で皇太子の未亡人。
一六歳で東宮(桐壺帝の弟)と結婚、姫君(秋好中宮)を産んだが 二十歳で東宮と死別、二十四歳で七歳年下の源氏と恋愛関係に入る。
教養高く趣味も深く、特にその筆跡は見事なものであった。
御息所は源氏にのめり込み、思いつめ、身も心も燃やし尽くすが 、元は皇太子妃だったのが年少の源氏に誘惑され、 捨てられるという屈辱は耐えがたく、悶え苦しむ、 そして熱愛ゆえの破滅へと進む。
激しい情念と怨念が 源氏の正妻(葵の上)や愛人(夕顔)を生霊となって呪い殺してしまう。
そして死後は死霊となり紫の上を危篤に陥れ、女三の宮を出家に至らしめる。
その後、娘の斎宮について伊勢に下向 。
朱雀帝から冷泉帝の代替わりの時に再び上京その後、死に際して娘(秋好中宮)の後見と 彼女を恋愛の対象にしない条件を源氏に遺言して三十六歳で亡くなる。
空蝉 源氏の愛人
(気丈な人)
父の右衛門督(兼中納言)は入内を望んでいたが、果たせず、死去。
後見を失った空蝉は老齢の受領、伊予介の後妻となる。
夫の留守中で空蝉が先妻の子紀伊守邸ヘ訪れていた時、 方違いに来た源氏と一夜を契る。
しかしその後、心惹かれつつも身のほどを意識し二度と源氏と会おうとしない。
愛を拒むことで自らの存在を示し、源氏にとって忘れがたい女性となる。
老夫の死後、河内守となった義理の息子、紀伊守の求愛を退け出家する。
晩年は源氏に二条の東の院に引き取られ平穏に暮らす。
身分的には中流の女性、容姿があまりよくない事等で作者の紫式部がモデルだという説もある。
夕顔 源氏の愛人
(娼婦性のある悲劇の人)
三位の中将の娘 。両親と早くに死別、頭中将の愛人で娘(玉鬘)まで生んだが 北の方の迫害にあい、頭中将にも告げず姿を隠す
その後、五条の隠れ家で互いに身分を隠したまま源氏と結ばれる。
それまでの源氏は決して打ち解けない姫君に緊張感で気疲れしていた
しかし夕顔は、素性も明かさない源氏に抵抗もせずに身を許し、ひたすら頼りきって素直に従う
ある日源氏に誘われて某の院(現在の渉成園)で忍び合うとき、夜になって枕元に現れた物の怪(六条御息所)に襲われて急死する 。誰にも知らされず秘密のうちに東山の山寺に葬られた。
夕顔十九歳、源氏一七歳であった。
浮舟と並び遊女的で、娼婦性のある女性。
末摘花 源氏の愛人
(不細工ながら、ひたすら源氏を信じる)
故常陸の宮の姫君
末摘花とは紅花(赤鼻)の異名、出家した変人の兄(禅師)がいるが天涯孤独。
猫背で胴長、 異様な鼻が 下に垂れてその先が赤く色づき額はとてつもなく広く、馬面で下半分が伸びきって見える。
胸は痛ましいほど痩せて骨ばり、肩などは着物の上からでも痛々しく尖っている。
その上、時代遅れで不器用で、ずれた和歌をうたい 、源氏が着るわけもないセンスのない 古びた衣装を恥らうことなく贈る。
ここまで表現するかと言う程、紫式部は容赦なく(笑) 書いている。
しかし須磨、明石流離の間、究極の赤貧生活に耐え、 源氏のことを愚直なまでに信じ切って待っていた純粋さに応えて、 二条院の東の院に迎えられ、尼になった空蝉と一緒に最後まで物質的面倒をみて貰う。
紫の上 源氏の愛人

(源氏の理想の女性。正式な結婚はしていないが事実上の妻)
藤壺のめい。父は藤壷の兄式部卿宮、母は按察大納言の娘
源氏十八歳、病を患い加持祈祷を受ける為、京の北山へ行く。
十歳の若紫と思いがけず出会うこととなる。
藤壷に生き写しだったため、源氏が誘拐同然につれて来る。

源氏と二人だけの愛の生活が始まった。 そこで、完全無欠何一つ欠点のない、源氏にとって理想的な女性に育てられてゆく。
十四歳で新枕を交わし、生涯源氏からどの女性よりも愛され大切にされる。
自己犠牲的な精神と、源氏に対する深い愛情によって 六条院の女主人となる。
しかし後ろ盾のない野合の形のような結婚が、後に女三の宮の降嫁によって 屈辱を味合わされる。
朧月夜 源氏の愛人
(情熱的で、華やか。須磨に行く原因を作った人)
源氏の政敵右大臣の六の君、弘徽殿大后の妹。
源氏二十歳、朧月夜十七歳、花宴の夜、 「照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の "朧月夜"に似るものぞなき」 と口ずさんでいる彼女に出会う。 ここから"朧月夜の君"とよばれる
天皇(朱雀帝)の后たるべく育てられたが、源氏と関係をもったため、尚侍として入内 。
源氏の兄、朱雀帝の寵愛を一身に受けながらも、源氏との関係を四十歳くらいまでつづける。
そしてその後源氏の須磨退去の原因になった。
しかし、最後には帝の深い愛に気づき院の後を追って出家する。
情熱的で、華やかで主体性のある官能的な女性 、
明石の君 源氏の愛人
(源氏不遇の時の愛人、娘は中宮、自らも侍女として宮中へ。夢のような出世物語)
前播磨の守の受領、明石の入道と明石の尼君の一人娘
神技と言われるほどの琵琶の名手 。

明石の姫君(後の明石の中宮)を出産 。その後上京。
娘の将来を考え、二十二歳の時、三歳の娘を紫の上に預ける。
やがて十一歳で女御として入内するわが娘の後見人、侍女として宮中へ上がる。
源氏にとって紫の上に次ぐ大切な女性となる。
常に見のほどをわきまえ、忍従に耐え抜いた明石の君の生涯は、 当時の受領階級の夢を乗せた出世物語であった。
玉鬘 源氏の養女 夕顔と頭中将の娘。
玉鬘三歳の時、夕顔は源氏との密会中に死亡、その後、乳母と供に九州筑紫にまで都落ちする。
しかし縁あって玉鬘二十二歳の時、源氏の養女としてひきとられ六条院の華となる。
花散里が後見人。
玉蔓の聡明さと美貌が評判となり、高貴なさまざまな人から求婚され、 養父の源氏までもがきわどい言動に及び玉鬘を悩ませる。
髭黒の右大将が熱烈な思いをよせ自分のものにしてしまう。 気の進まぬ結婚だったが、その後、三男二女を産み、最後は太政大臣の北の方まで出世する。
薄幸のうちにはかなく死んだ母夕顔とは違い、数奇な運命にもてあそばれながらも身を誤らず 人々の称賛を受けたシンデレラ。
女三の宮 源氏の二人目の正妻 源氏の兄の朱雀院の第三皇女。母は藤壺の異母妹の藤壺女御、紫の上とは従姉妹になる。
葵の上の死後、「準太上天皇」にまで上りつめた源氏に相応しい正式な北の方として、降嫁する。

自分に恋する柏木と密通を犯してしまう。

そして、密通を悟った源氏の赤児と自分に対するあまりな底冷たさを思い知らされる。
父朱雀院に直訴して出家してしまう。、女三の宮の内に秘めた激しさゆえである。
晩年は父院から譲られた三条の宮に移り住み、息子の薫だけを頼りに五十歳頃世を去った。
頭中将 源氏の友人でありライバル 左大臣の子で、葵の上の同腹の兄。
源氏の友人でありライバル。恋愛・昇進等で常に源氏に先んじられる。
子に柏木、雲居雁(夕霧夫人)、弘徽殿女御(冷泉帝の女御)、玉鬘(夕顔の子、髭黒大将夫人)、近江の君など。主要登場人物でありながら"頭中将"と唯一呼び名のない人物。
柏木 頭中将の長男 頭中将の長男、母は右大臣の四の君
後の太政大臣の父と共に和琴の名手
女三の宮の異母姉、更衣腹の女二の宮(落葉の宮)を妻にし、 美男の上に高い志を持ち、源氏にも目をかけられていた。
しかし柏木の、皇女女三の宮への執着が、源氏が二条院の紫の上の看病に明け暮れていた隙に 関係を結び不義の子薫を懐妊させる。
やがて露見し、 時の最高権力者源氏のひとにらみによって病に臥し、 泡の消え入るように亡くなった。
破滅の恋に殉じた悲劇の青年。
死に際して、親友の夕霧(源氏の長男)に 落葉の宮の後見を託し三十三歳の短い生涯を終える 。
夕霧 源氏の長男 母は葵の上。母の死後しばらくその実家で養育されたのち、源氏の六条院に引き取られて花散里に養育される。2歳年上の従姉である内大臣の娘雲居雁と幼少の頃恋をし、のち夫人とする。柏木の死後、その遺妻朱雀院の女二宮(落葉の宮)に恋をし、強いて妻とする。
源氏(真実には柏木)と女三宮の子。 生まれつき身体からよい薫がするため、そうあだ名される。
宇治の八の宮の長女大君、その死後は妹中君や浮舟を相手に恋愛遍歴を重ねる。
匂宮 今上帝と明石中宮の子。 第三皇子という立場から、放埓な生活を送る。
薫に対抗心を燃やし、焚き物に凝ったため匂宮と呼ばれる。宇治の八の宮の中君を、周囲の反対をおしきり妻にするがその異母妹浮舟にも関心を示し、薫の執心を知りながら奪う。
浮舟 八の宮が女房に生ませた娘。 母が結婚し、養父とともに下った常陸で育つ。
薫と匂宮の板ばさみになり、苦悩して入水するが横川の僧都に助けられる。


源氏物語あらすじ
源氏物語は長編だが、その主要部分である第一帖から第三十三帖の、あらすじです。
思い切って短くして見ました。
なんとなく全体が分かると思います。
挿絵は、岡田俊一画伯。源氏物語絵図屏風から。

第一帖 桐壺(きりつぼ)

桐壺帝(天皇)の更衣が皇子を出産。桐壺更衣は宮中のいじめにあい皇子が幼少のうちに死んでしまう。その後、帝は藤壺という別の女御を迎える。藤壺は桐壺更衣とよく似ていた。
皇子が政争に巻き込まれるのをおそれ皇子に源氏の姓を下賜し、臣下とすることにした。
彼が光源氏である。光源氏は12歳で元服し、左大臣の娘「葵」と結婚する。
源氏は17歳となり、近衛中将となったが、源氏の心の中は、母の面影を残す藤壺のことだけだった。


第四帖 夕顔(ゆうがお)

源氏は六条御息所の邸を訪ねる途中、乳母の見舞いに訪れた。その隣家に夕顔が咲いていた。家臣の惟光の手引きでその家の女(夕顔)と逢うようになった源氏は、八月の十五夜に寂れた廃院に連れだして過ごすことにした。
夜半に六条御息所の生霊が現れ、夕顔は苦しみだし急逝してしまう。


第五帖 若紫(わかむらさき)-小さいですが、雀が逃げています。

源氏が高熱の病気に冒され、病気治癒と祈祷のために北山へ行く。
病気が回復した頃、近所を散策していると、ある庵の垣越しに尼僧と少女がいるのを見つける。雀を追いかけるその少女は藤壺女御に似ていた。(藤壺女御の兄宮(兵部卿宮)の娘)
源氏は尼に少女を引き取って養育したいと願い出るが、幼すぎるとして断わられる。
源氏は病気も回復し、京へと戻る。夏になり、藤壺女御が内裏から里帰りしているところへ源氏は強引に忍び込み、、女御と関係を持ってしまう。その後、藤壺女御は懐妊する。桐壺帝は自分の子だと思い大喜び。藤壺女御は後ろめたさに苦しむ。
 秋になり、北山の庵でみかけた、少女の父、兵部卿宮が娘を自邸に引き取ろうとする直前、源氏は先回りして、少女とその侍女を自邸の二条院へ連れ去ってしまう。源氏は少女を自分の理想どおり育てようとする。

 源氏は故常陸宮の娘宮がひっそり、荒れた邸宅で暮らしているとの噂を聞いた。興味を持った源氏はその邸へ赴く。そこでばったり頭中将に出会う。競争するかのように2人は常陸宮の娘に文を送るが返事がない。秋に源氏は思いきって常陸宮邸を夜な夜な訪ね、その娘と関係を持つが顔がよく見えないままだった。
冬に訪れた時、雪明りで娘の顔を見ると、鼻が真っ赤で長く、まるで末摘花(紅花)のようでびっくり。源氏は後悔するが、娘を不憫に思う。
予定日をかなり過ぎて藤壺が男児を出産。その子は源氏にそっくり。帝は大喜び。源氏と藤壺は心乱される。
 天皇の御前での桜の宴の後、戸の開いているところへ行くと、「朧月夜に似る者ぞなき」と詠う声が聞こえる。源氏はその声の主の女に迫る。女は源氏だと知ると身を許してしまう。夜が明け分かれる直前、互いの扇を交換する。その女は源氏の宿敵、右大臣の娘で、東宮の后候補の六の君であった。


第九帖 葵(あおい)

 桐壺帝は退位し、春宮が即位した(朱雀帝)。新春宮には藤壺の子、つまり「実は源氏の子」がなる。源氏は近衛大将に昇任し、春宮の後見役となる。
そんな折り、葵祭に源氏が行くことになった。御息所はひそかに源氏の姿を見たくて出向くことにした。一方源氏の正妻、葵は懐妊中の身ながら、葵祭に繰り出す。葵は源氏の権勢をたてにして、先着の牛車を押しのけていい場所をとってしまう。押しのけられた御息所は憤懣やるかたない。【所謂、車争い】

難産の末、葵は男児を出産する。葵は出産後も容態が回復せず、物の怪にとりつかれたまま亡くなる。一方御息所は自分の生霊が源氏を苦しめていることに自らも苦しむ。
源氏は葵の実家である左大臣邸で49日の喪に服した後、二条院へ趣き、成長した紫と契りを結ぶ。


第十帖 賢木(さかき)

六条御息所は、娘が斎宮(伊勢神宮に仕える皇女)になるのをきっかけに源氏から離れるため伊勢に向かうことを決心する。源氏は出発間際の御息所を訪ね【野宮神社】、榊の枝を折りそれにちなんだ歌で変わらぬ心を御息所に伝えるが、彼女はつれない。
冬になり、源氏の父、桐壺院が病気で崩御。
藤壺中宮は源氏との関係に苦しみ、また政情が新帝の外戚、右大臣の勢力が強くなるにつれ自分の子を守るために出家を決意する。
翌年の夏、相変わらず朧月夜と夜な夜な逢っていたが、とうとう右大臣に現場を見つかってしまう。このことに右大臣と周辺の人は激怒し、特に弘徽殿皇太后(右大臣の娘、朱雀帝の生母)は怒り心頭。右大臣一派はこれを契機に源氏の追い落しを画策し始める。
 故桐壺帝に仕えていた麗景殿女御とその妹三宮(花散里)は源氏の保護で生活している。その姉妹の邸に訪ねる途中、源氏が昔つきあっていた女性の邸があったので、歌を送ってみるが、けんもほろろの返事。源氏は人々の移りゆく心と世情をしみじみ思う。


第十二帖 須磨(すま)

とうとう源氏の官位が剥奪されてしまう。さらなる危険を回避すべく、源氏は自ら須磨へ下向する決心をする。須磨では海岸から少し離れたところに居を構え、物思いにふける日々が続く。
 嵐が13日続いた日、桐壺院の幽霊が現れ、住吉の神の導きに従い須磨を離れるよう告げる。翌朝、須磨浦には、明石の入道という僧が「住吉社の神のお告げで来た」と源氏を舟で訪ねてくる。源氏は自分の夢との一致に驚きながら、明石へ行くことを決意する。
明石の入道には一人娘がいて、源氏に嫁がせたがっていたが、源氏は都の紫を想いこの申し出をなかなか受け入れない。
 一方、都では朱雀帝の枕元にも桐壺帝の幽霊が現れる。帝は源氏を冷遇したことを後悔する。 
源氏は寂しさから、ついに入道の申し出を受け入れ、明石の娘の邸へ夜な夜な赴く。やがて明石の娘は懐妊する。 
 都に帰参を許された源氏はまず、父桐壺院の追善供養を催す。翌年、朱雀帝は病癒えたものの、退位し、春宮が即位する(冷泉帝)。ついに源氏の不義の子が帝位に就いた。葵の父、左大臣は摂政太政大臣に、源氏が内大臣に、宰相中将は権中納言になる。
明石の娘が源氏の子を出産(女の子)したとの報が入る。 

伊勢から帰京していた六条御息所が病床に就く。御息所は源氏に娘のことを託して死去。源氏は娘を養女にして、冷泉帝に入内させる(秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)梅壺女御(うめつぼのにょうご))
 源氏が花散里を訪ねる途中、末摘花邸を見つける。源氏は末摘花のことを思いだし、訪ねると、末摘花が今も源氏のことを待ち続けていることに感動して、前にも増して援助を行なうことになった。その後、末摘花は源氏の二条院へと迎えられ幸せが訪れる。
源氏の若かった頃、一夜の契りを結んだ空蝉は、夫の赴任地常陸国から京へと戻ってきた。その途中、逢坂の関(滋賀と京都の境)のあたりで石山寺へ詣でていた源氏の一行とかち合う。 やがて、空蝉の夫が病死。義理の子の河内守に言い寄られ、空蝉は髪を下ろして尼になる。


第十七帖 絵合(えあわせ)

藤壺の立ち会いの元、権中納言(昔の頭中将)と源氏で絵の品評合戦をすることとなる。しかし、双方互いに譲らず、帝の御前で決着をつけることになる。ここでも優劣なかなかつかなかったが、最後に源氏の須磨時代の絵日記が帝の目にとまり源氏の勝利に。
 源氏は別邸、二条院を改築し、その東の院に花散里を住まわせる。
明石君は、とりあえず、大堰(今の京都嵐山)付近の別荘に滞在することにする。源氏は紫に明石の件を必死で釈明し、さらに明石と自分の娘を養女として育てるよう願い出る。紫は承諾する。

その次の春になると、太政大臣(頭中将、故葵の父)が薨去。続いて、藤壺もなくなってしまう。源氏は深い悲しみに沈む。藤壺がなくなると、帝の出生の秘密を知る僧がその真相を帝にうち明けてしまう。帝は実の父の処遇に悩み、源氏を次の帝につけるか摂政太政大臣として遇することを申し出るが、源氏はいずれも辞退する。
このことにより、帝が真相を知ったことを察した源氏は悲しみの中に過去の過ちを苦しむ。 藤壺の一周忌も過ぎようやく源氏に元の華やかさが戻ってきた。源氏は故六条御息所の邸宅跡を改築して六条院として完成させた。
そこは春夏秋冬になぞられ4つのブロックに分かれ、「春」に紫の上を、「夏」に花散里を、「秋」に梅壺中宮を、「冬」には明石の君が住むことになった。


第二十二帖 玉鬘(たまかずら)


源氏の若かりし頃、眼前で怪死した夕顔の娘、玉鬘(父は内大臣)は乳母の元で育てられ、乳母の夫の赴任地筑紫の国にいた玉鬘と乳母は都へと戻ってきた。しかし頼るあてもなく、あちこち転々として、神仏に祈願しようと初瀬(長谷寺)を訪れると、夕顔の待女だった右近という女と偶然再会する。右近の報告を聞き、源氏は玉鬘達を早速、六条院へ迎え花散里に玉鬘の養育を任せる。
源氏までもが次第に玉鬘に惹かれていく。
夜が更けて、源氏は玉鬘の側で仮寝する。妙な間柄になったことを悟った玉鬘は源氏に歌を贈り、心遣いに感謝しながらも牽制する。 


第二十八帖 野分(のわけ)

六条院に住んでいる秋好中宮の邸宅には秋の花が咲き乱れていたが、野分(台風のこと)で一夜で荒れ果てた状態になってしまって意気消沈。
見舞いに来た夕霧は紫の上を初めて見かけてその美しさに心を奪われる。源氏は自分が藤壺と間違いを犯したことを悔やんで、息子の夕霧には自分の妻を遠ざけて会わせないようにしていたのだった。
 内大臣は玉鬘の成人の儀式で腰結いの役を引き受ける。ここで初めて親子の対面が叶う。
 玉鬘の出生の秘密を知った周囲の想いは複雑だった。
内大臣の長男、柏木はそれまで想いを寄せてきた女性が実は妹であったことにとまどう。一方、妹と思っていた夕霧は血のつながりがないとわかった時から玉鬘に心惹かれる。それまで玉鬘に想いを寄せていた髭黒大将は玉鬘の実父、内大臣に玉鬘とのとりなしを求める。
みんなから求愛されていた玉鬘は髭黒大将が手中にする。源氏は玉鬘と髭黒の仲を不本意ながらも認めるが、女官として玉鬘を入内させることは譲らなかった。入内した玉鬘を帝はいとおしく思うがそれを知った髭黒は邸を改築して、さっさと、玉鬘を宮殿から引き上げさせ、自邸へと連れ帰る。やがて玉鬘は髭黒の子を身ごもり出産。
 明石との間の子、明石の姫君は紫の上の養育の下に成長し、11歳となった。源氏は明石姫は春宮(皇太子)に入内させることに。その前に裳着の儀を執り行うことに。
裳着の儀には、実母である秋好中宮が腰結いを勤め、華やかに終了。


第三十三帳 藤裏葉(ふじのうらば) 

 内大臣は母大宮の一周忌法要で夕霧をつかまえて、夕霧を自邸に招くことに。事態を察した源氏は自分の最高の装束を夕霧に持たせて内大臣邸に向かわせる。内大臣は夕霧と娘の雲居雁との結婚を許す。
 明石の姫はいよいよ春宮への入内となる。
後見役には紫の推薦で実母明石君がつくことに。明石君と紫の上は初めて対面する。 
源氏は40歳になり祝賀が行なわれるが、息子娘達が幸せになった今となっては、本人はあまり乗り気でなく出家すらしたい心境。
 秋には源氏が准太政天皇に、内大臣は太政大臣に、夕霧は中納言に。源氏の栄華ここに極まれり。

この後も続くですが、とりあえずここまで。

戻る

   
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送