近つ飛鳥風土記の丘
桜が美しいという評判で出かけた。
近つ飛鳥風土記の丘は日本を代表する群集墳「一須賀古墳群」を保存し、貴重な文化財に触れ・学び・親しむ場として設置した大阪府の史跡公園です。
29へクタールの園内には102基の古墳が保存されています。そのうち40基を整備し、見学できるようになっている。
大阪府南河内郡河南町大字東山299番地 入園料、駐車場共に無料
近くに、大阪府立近つ飛鳥博物館がある。2003年−平成15年に往訪した。
建物は安藤忠雄の設計である。ブログ近つ飛鳥博物館

「近つ飛鳥」という地名の由来は「古事記」に記載がある。
後の反正天皇が、難波宮(なにわのみや)を−大化元年(645)孝徳天皇の時と天平16年(744)聖武天皇の時の二度−都として定められた。

そこから大和の石上神宮に参向する途中で二泊し、その地を名付けるに、近い方を「近つ飛鳥」、遠い方を「遠つ飛鳥」と名付けたというもの。
「近つ飛鳥」は今の大阪府羽曳野市飛鳥を中心とした地域をさし、「遠つ飛鳥」は奈良県高市郡明日香村飛鳥を中心とした地域をさす。

一須賀古墳群(いちすかこふんぐん)は、大阪府南河内郡河南町一須賀、東山、太子町葉室にわたる丘陵上にある古墳群。
6世紀前半から7世紀中頃にかけて築かれた、23支群・総数262基からなる古墳群である。
高安古墳群・平尾山古墳群とともに、大阪府における三大群集墳と呼ばれる。
ほとんどが直径10メートルから20メートルの円墳であるが、方墳も一部見られる。
大半が横穴式石室であり、一部に木棺直葬、石棺式石室なども見られる。
、朝鮮半島の影響を受けたと見られる玄室の床面が羨道部の床面より低い構造をもつ横穴式古墳があることから、渡来系氏族、特に百済・漢人系氏族との関連が指摘されている。
大阪府は古墳102基のうち、32基を見学できるように整備するとともに、見学のための園路を設け、昭和61年(1986年)に大阪府立近つ飛鳥風土記の丘として一般に公開した。
平成6年(1994年)10月7日に、国の史跡に指定された。

文化庁では1966年に風土記の丘設置構想を発表し2007年現在では、全国16か所に風土記の丘が設けられている。
和歌山の紀伊風土記の丘は何回か往訪したことがある。ホームページはここ
一番大きい45号墳。玄室4,1m,幅1,8m,高さ2,1m。
すぐ近くの寛弘寺古墳群からの移築。古墳と桜がよく似合いますね。


SPOT
突然の風で桜の花が舞ってます。
もう終わりなのかな。
古墳 ところどころで出会います
ここにも古墳が・・・ 目指すは、第一展望台。結構な登り道です。

第一展望台。古市古墳群の大きな前方後円墳(応神陵、允恭陵、仲津姫陵や河内平野が一望できます。 山道の石の階段もオシャレです。
「平成の通り抜け」と名付けられた桜の道
これは下る方向
これは登る方向
みどりの広場 花見をするグループもありました 出口で見つけました
ハナズオウ(花蘇芳)は中国原産のジャケツイバラ科の落葉低木で、花には花柄がなく、枝から直接に花がついている。花蘇芳の名は、花弁の色がスオウ(蘇芳)で染めた色に似ているため。


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